医師になって、気づけば20年以上が経ちました。大学病院の内科で研修医として働き始めた頃のことは、今でも鮮明に覚えています。毎日が新しい発見と失敗の連続で、患者さんの前では必死に「わかっているふり」をしながら、夜は教科書を読み返していた日々です。
あの頃の自分に、「20年後も同じ問いを抱えているよ」と伝えたら、どんな顔をするでしょうか。医療の知識も経験も積み重ねてきたはずなのに、「診る」ということの奥深さは、年を重ねるほどむしろ増していくように感じます。
病院勤務で感じた「断片的な医療」へのもどかしさ
大学病院・総合病院での勤務は、濃密な経験でした。重症患者の治療、専門的な検査・処置、チーム医療の現場——そこでしか学べないことが山ほどありました。
一方で、勤務を重ねるうちに、一つのもどかしさを感じるようになっていきました。患者さんと向き合える時間が、あまりにも短いということです。
急性期病院では、病状が落ち着けば転院や退院になります。それは医療の仕組みとして当然のことです。しかし私にとって、「その後」が見えないことが、いつも心のどこかに引っかかっていました。退院後、あの方は生活習慣を変えられただろうか。あの検査値は改善しただろうか。家族との時間は取れているだろうか——。
患者さんの「人生の一場面」にしか関わることができない。そのことを悪いとは言いません。でも自分が本当にやりたい医療は、そこではないと気づくのに、それほど時間はかかりませんでした。
開院を決めた日のこと
クリニックを開くことを決めたのは、40代に差しかかった頃でした。きっかけは、長年担当していた70代の男性患者さんとの会話です。
その方は高血圧と軽度の糖尿病をお持ちで、3か月に一度、外来に通ってくださっていました。ある日の診察で、「先生、私もう十分長く生きましたよ。ただ最後まで自分の足で歩いていたい、それだけです」とおっしゃいました。
処方箋を書きながら、私はその言葉の重さをしみじみと感じていました。その方にとって、医療は「長く生きること」のためではなく、「自分らしく生きること」のためにある。血圧の数値を下げることが目標ではなく、自分の足で歩き続けることが目標なのです。
「もっとこの方のことを知りたい。もっと長く、継続して関わりたい」——その思いがきっかけとなって、地域に根ざしたクリニックを開こうという気持ちが固まっていきました。
「かかりつけ医」として大切にしていること
開院して5年が経ちました。今では、赤ちゃんからご高齢の方まで、さまざまな世代の患者さんが通ってくださっています。同じ患者さんを何年も診続けていると、病院勤務ではなかなか気づけなかったことが見えてきます。
「いつもと違う」に気づける関係
検査値や症状だけでなく、「この方は今日なんだか元気がないな」「最近表情が暗い気がする」という変化に気づけるのは、継続して診ているからこそです。実際、そのわずかな変化が早期発見につながったケースを、この5年で何度も経験しました。
数値は正常でも、本人が「なんとなくしんどい」と感じているなら、それは大切なサインです。「異常なし」と伝えて終わりにするのではなく、その「しんどさ」の背景を一緒に考えることが、かかりつけ医の役割だと思っています。
「治す」だけが医療ではない
生活習慣病は、薬で数値を下げることはできても、生活そのものを変えなければ根本的な改善にはなりません。しかし「生活を変える」ことは、思っている以上に難しいことです。 「わかってはいるけどできない」 塩分を控えた方がいいとわかっていても、長年の食習慣はそう簡単には変わりません。意志の問題ではなく、習慣と環境の問題です。 「続けられる目標」を一緒に決める 「毎日30分歩く」より「週3回、近所を10分歩く」の方が現実的に続けられる方もいます。正解は一つではありません。 「できなかった」を責めない 次の診察で「やっぱりできませんでした」と話してくれる方に、私はむしろ正直に話してくれたことへの敬意を感じます。そこから一緒に考え直せばいい。
患者さんから教わること
医師という仕事をしていると、「教える側」のような錯覚を持ちやすいのですが、実際には患者さんから教わることの方がずっと多いと感じています。
| 患者さんの言葉 | 私が学んだこと |
|---|---|
| 「数値より、孫と遊べる体でいたい」 | 治療の目標は患者さんの人生の中にある |
| 「先生に言うと怒られると思って言えなかった」 | 話しやすい雰囲気をつくることも医師の仕事 |
| 「薬を飲むと副作用が怖くて自分でやめていた」 | 処方するだけでなく、不安を聞く時間が必要 |
| 「ここに来ると、なんか安心する」 | 安心感を提供することも治療の一部である |
このメディア「Clinica」を始めた理由
診察室でお話しできる時間は、1回の受診につき長くても15〜20分です。伝えたいことの半分も話せないまま、「また来月」とお別れすることも少なくありません。
「もっと知っていてほしいことがある」「受診前に基礎知識があると、診察がもっと深まるのに」——そんな思いがずっとありました。このメディアは、その延長線上にあります。
- 難しい医学用語をできるだけわかりやすく翻訳する
- 「受診すべきか迷う」症状の判断基準を整理する
- 生活習慣の改善を、無理なく始めるためのヒントを提供する
- 「なんとなく不安」を「具体的な行動」に変える手助けをする
記事はすべて私が監修し、必要に応じて各専門領域の医師の協力のもと作成しています。「正確に、でもわかりやすく」を基準にしています。
これからも、問い続けながら
「いい医師とはどんな医師か」——この問いに、まだ自分なりの完全な答えは出ていません。知識があること、技術があること、それだけでは足りないと感じています。
その人の生活を想像できること。その人の言葉の裏にある不安を感じ取れること。「大丈夫ですよ」という言葉を、ちゃんと信じてもらえる関係を築けること。
医師20年を超えた今も、診察室に入るたびに「今日はちゃんと聞けるだろうか」と思います。それはきっと、悪いことではないのだと思っています。
このメディアを読んでくださっている方の健康に、少しでも役立てることを願っています。そして、何か気になることがあれば、ぜひ気軽にクリニックへ。画面の外でも、お待ちしています。